ここでは、ホットドッグの発祥地やソーセージとの関係、「Hot Dog」という名前の由来、アメリカを代表する食べ物になるまでの歴史を年代順に見ていきます。
ホットドッグの発祥を一言でまとめると、ルーツはヨーロッパのソーセージ、現在のような食べ方が発達したのはアメリカです。
特に19世紀のニューヨークではドイツ系移民がソーセージを販売しており、コニーアイランドのチャールズ・フェルトマンは、パンにはさんだソーセージを広めた人物としてよく知られています。
ホットドッグの発祥はどこ?
「ホットドッグはどこの国で生まれたのか」と聞かれると、ドイツとアメリカの両方が関係しています。
中に入っているソーセージのルーツはヨーロッパにあり、特にドイツ語圏ではフランクフルターやウィンナーなど、さまざまな種類のソーセージが作られてきました。
そのソーセージ文化をドイツ系移民たちがアメリカへ持ち込み、19世紀のニューヨークなどで街頭販売するようになります。食べ歩きやすいようにソーセージを細長いパンにはさんだ形が広まり、現在につながるホットドッグになっていきました。
そのため、「ソーセージのルーツはヨーロッパ、ホットドッグとして発展したのはアメリカ」と考えると分かりやすいでしょう。
ルーツはドイツなどヨーロッパのソーセージ
肉を細かくして腸などに詰めるソーセージそのものには非常に古い歴史があります。古代の地中海世界にもソーセージに似た食べ物が存在していました。
しかし、現在のホットドッグへ直接つながる重要な存在は、ドイツ語圏で発達したソーセージです。
ドイツのフランクフルトに由来する「フランクフルター」、ウィーンを意味するドイツ語の「ヴィーン」に由来する「ウィンナー」など、都市名と結びついた名前も現在まで残っています。
19世紀には多くのドイツ系移民がアメリカへ渡り、こうしたソーセージを新しい土地でも作って販売しました。
アメリカでソーセージをパンにはさむようになる
19世紀のアメリカでは、ドイツ系移民によるソーセージの街頭販売が行われるようになりました。ニューヨークのように人口が急増していた都市では、安く、すぐに食べられ、持ち運びやすい食べ物は人々に歓迎されました。
熱いソーセージをそのまま手で持つのは大変です。そこで細長いパンにはさめば、皿やナイフ、フォークがなくても歩きながら食べることができます。
誰が世界で最初にソーセージをパンにはさんだのかについては、はっきりした記録が残っていません。そのため「ホットドッグの発明者」を一人に決めることは難しいとされています。
チャールズ・フェルトマンとコニーアイランド
ホットドッグの歴史でよく名前が登場するのが、ドイツ出身の移民チャールズ・フェルトマンです。
フェルトマンはニューヨークのコニーアイランドで食べ物を販売していました。1867年ごろには、細長いパンに熱いソーセージをはさんで販売していたとされ、現在のホットドッグを広めた人物の一人として知られています。
コニーアイランドは当時、多くの人が訪れる行楽地として発展していました。手軽に持って歩けるソーセージ入りのパンは、こうした場所に非常に向いていたのでしょう。
ただし、フェルトマンが「世界で初めて」ソーセージをパンにはさんだことが確実に証明されているわけではありません。あくまで、現在のホットドッグにつながる食べ方を早い時期に販売し、広めた人物として考えるのが適切です。
「ホットドッグ」という名前の由来
では、なぜソーセージをはさんだパンが「Hot Dog(熱い犬)」と呼ばれるのでしょうか。
19世紀のアメリカでは、ドイツ系の細長いソーセージが、胴の長い犬であるダックスフントに似ていることから、犬と結びつけた呼び方や冗談がありました。また、安いソーセージに何の肉が入っているのかを疑う「犬の肉なのではないか」というジョークも存在しました。
こうした背景の中で、19世紀末には「hot dog」という呼び方が使われるようになります。
1890年代にはすでにこの言葉が記録に現れており、1895年のイェール大学の学生新聞『Yale Record』にも「hot dogs」という表現が登場しています。
漫画家が「ホットドッグ」と名付けたという話は本当?
ホットドッグの名前については、漫画家タッド・ドーガンが野球場でソーセージを売る様子を見て、パンにはさまれたダックスフントの漫画を描いたという有名な話があります。
ところが、この話で語られる漫画の現物は確認されていません。また、「hot dog」という言葉自体は、それ以前の1890年代から使われていました。
そのため、タッド・ドーガンが「ホットドッグ」という名前を発明したという説は、現在では有名な逸話の一つとして扱うのが安全です。
1904年セントルイス万博が発祥という説は?
もう一つ有名なのが、1904年のセントルイス万博でホットドッグが誕生したという話です。
「熱いソーセージを客に渡すため白い手袋を貸していたが、手袋を返さない客が多かったため、代わりにパンにはさんだ」という逸話があります。
しかし、ソーセージをパンにはさんで食べる方法は、それ以前からアメリカに存在していました。そのため、セントルイス万博をホットドッグそのものの発祥とすることは難しいと考えられます。
ホットドッグには発祥に関する逸話が非常に多くあります。「誰が最初にパンにはさんだのか」「誰がHot Dogと名付けたのか」については確定していない部分もあるため、伝説と確認できる記録を分けて見る必要があります。
ネイサンズの登場でコニーアイランド名物へ
1916年、ポーランド出身の移民ネイサン・ハンドワーカーが、コニーアイランドにホットドッグ店を開きました。後に世界的に知られる「Nathan’s Famous(ネイサンズ・フェイマス)」です。
ネイサンはフェルトマンの店でも働いていたとされ、当時フェルトマンが10セントで販売していたホットドッグに対して、5セントという安い価格で販売しました。
コニーアイランドを訪れる人が増えるにつれてネイサンズも有名になり、ホットドッグはニューヨークを代表する食べ物の一つになっていきます。
野球場とホットドッグ
ホットドッグがアメリカ全土へ広がるうえで大きな役割を果たしたのが、野球場や競馬場、遊園地、博覧会など、多くの人が集まる場所でした。
ホットドッグは片手で持てて、座席でも食べやすく、比較的安価です。こうした特徴がスポーツ観戦との相性の良さにつながりました。
19世紀末には野球場などでもホットドッグが売られるようになり、20世紀に入ると「野球を見ながらホットドッグを食べる」という光景がアメリカ文化の一部になっていきます。
大統領がイギリス国王にホットドッグを振る舞う
1939年には、アメリカを訪問したイギリス国王ジョージ6世夫妻を、フランクリン・D・ルーズベルト大統領がニューヨーク州ハイドパークの自邸に招きました。
このときの食事にホットドッグが登場します。イギリス国王がアメリカの庶民的な食べ物であるホットドッグを食べたことは新聞でも大きく取り上げられ、ホットドッグがアメリカ文化を象徴する食べ物として定着していたことを示す出来事となりました。
ホットドッグの世界・歴史年表
| 年代・時期 | 出来事・エピソード |
|---|---|
| 古代 | 地中海世界などで、肉を細かくして腸などに詰めるソーセージに似た食品が作られていた。ソーセージそのものの歴史は非常に古い。 |
| 中世〜近世 | ドイツ語圏などヨーロッパ各地でさまざまなソーセージが発達。フランクフルターやウィンナーなど、現在にも名前が残る種類が生まれる。 |
| 19世紀 | 【アメリカへ】 多くのドイツ系移民がアメリカへ渡り、故郷のソーセージ文化も持ち込む。 |
| 19世紀中ごろ | ニューヨークなどでドイツ系移民がソーセージを街頭販売するようになり、パンにはさんで食べるスタイルも広がっていく。 |
| 1867年ごろ | 【コニーアイランド】 チャールズ・フェルトマンがコニーアイランドで、細長いパンにはさんだ熱いソーセージを販売していたとされる。現在のホットドッグを広めた人物の一人として知られる。 |
| 1890年代 | 「Hot Dog」という言葉が記録に登場するようになる。野球場などでもソーセージが売られ、手軽な観戦食として広がっていく。 |
| 1895年 | イェール大学の学生新聞『Yale Record』に「hot dogs」という表現が登場。少なくともこの時点では言葉がすでに使われていたことが分かる。 |
| 1902年前後 | 漫画家タッド・ドーガンが「Hot Dog」という名前を広めたという有名な逸話がある。ただし、名前の由来になったとされる漫画は確認されていない。 |
| 1904年 | セントルイス万博でパンにはさむ方法が生まれたという逸話がある。ただし、ソーセージをパンにはさむスタイルはそれ以前から存在していたため、発祥説としては確実ではない。 |
| 1916年 | 【ネイサンズ創業】 ネイサン・ハンドワーカーがコニーアイランドにホットドッグ店を開く。5セントという安い価格で販売し、人気店へ成長する。 |
| 1920年代 | 野球場、遊園地、街頭などでホットドッグが広く食べられ、アメリカを代表する手軽な食べ物として定着していく。 |
| 1936年 | 【ウィンナーモービル】 オスカー・メイヤーがソーセージ形の宣伝車「ウィンナーモービル」を登場させる。ホットドッグ文化を象徴する広告として知られるようになる。 |
| 1939年 | ルーズベルト大統領が、アメリカを訪れたイギリス国王ジョージ6世夫妻にホットドッグを振る舞う。大きな話題となった。 |
| 1972年 | ネイサンズで、記録が確認できる大規模なホットドッグ早食い大会が行われる。後に毎年7月4日の有名イベントへ成長する。 |
| 2001年 | 【早食い競技】 日本の小林尊がネイサンズの大会で50本を食べ、それまでの記録を大幅に更新。アメリカでも大きな話題となった。 |
ホットドッグの発祥と歴史をまとめると
ホットドッグの歴史は、「ある日、一人の人物が突然発明した」という単純なものではありません。
ヨーロッパで長く作られてきたソーセージ文化を移民がアメリカへ持ち込み、それがニューヨークなどの都市で街頭料理へ変化しました。パンにはさむことで食べ歩きやすくなり、遊園地や野球場など、多くの人が集まる場所を通して広まっていきます。
特にコニーアイランドはホットドッグの歴史で重要な場所です。チャールズ・フェルトマンが19世紀に販売したソーセージ入りのパンと、1916年に創業したネイサンズによって、ホットドッグはニューヨークの名物として定着していきました。
つまり、ホットドッグは「ヨーロッパのソーセージ文化」と「アメリカの移民・都市文化」が組み合わさって生まれた食べ物と見るのが一番分かりやすいでしょう。




