- 【所在地】兵庫県姫路市
- 【別名】白鷺城(しらさぎじょう・はくろじょう)
- 【現在の城郭を整えた主な城主】池田輝政
- 【大天守】外観5重・内部6階・地下1階
- 【天守構造】連立式天守
- 【城の種類】平山城
- 【池田輝政による大改築】1601年~1609年(慶長6年~慶長14年)
姫路城はいつできた?
姫路城が「いつできたのか」は、どの時点を姫路城の完成と考えるかによって答えが変わります。
姫路城の始まりは1333年とされ、赤松則村(円心)が姫山に砦を築きました。1346年には赤松貞範が姫山に本格的な城を築いたとされています。
その後、戦国時代には羽柴秀吉が姫路城へ入り、1580年から三層の天守を築きました。しかし、現在見ることのできる姫路城の大天守は、この秀吉時代のものではありません。
関ヶ原の戦い後に姫路城主となった池田輝政が1601年から大改築を始め、1609年に大天守を中心とする連立式天守を完成させました。さらに1617年に城主となった本多忠政が三の丸や西の丸などを整備し、現在につながる姫路城の全容が整っていきました。
- 1333年:姫山に砦が築かれる
- 1346年:赤松貞範が本格的な城を築く
- 1580~1581年:羽柴秀吉が三層の天守を築く
- 1601~1609年:池田輝政が大改築し、現在につながる大天守を築く
- 1617年以降:本多忠政が西の丸などを整備
そのため、「姫路城の起源は1333年、現在の大天守が完成したのは1609年」と覚えると分かりやすいでしょう。
姫路城は誰の城?
姫路城は「池田輝政の城」と紹介されることがありますが、一人の人物だけが築いて所有した城ではありません。
1333年に赤松氏の時代に砦が築かれて以来、小寺氏、黒田氏、羽柴秀吉、木下氏、池田氏、本多氏、松平氏、榊原氏、酒井氏など、多くの城主が交代しました。
姫路市によると、赤松氏の時代から明治維新までに13氏・48代が城主を務めています。
その中でも現在の姫路城を見るうえで特に重要なのが池田輝政です。関ヶ原の戦い後の1600年に姫路城へ入り、翌1601年から大規模な改築を行いました。
姫路城の主な歴代城主
- 赤松氏:1333年、赤松則村が姫山に砦を築いたとされる。1346年には赤松貞範が本格的な城を築く。
- 小寺氏・黒田氏:戦国時代に姫路城を支配。黒田孝高(官兵衛)は1580年に城を羽柴秀吉へ提供した。
- 羽柴秀吉:1580年に姫路城へ入り、三層の天守を築く。
- 木下家定:1585年から姫路城主となり、約16年間治める。
- 池田輝政:1600年に姫路城主となり、1601年から大改築を行う。
- 池田利隆・池田光政:輝政の後を継いで姫路城主を務める。
- 本多忠政:1617年に入城。三の丸や西の丸などを増築する。
- 松平氏・榊原氏・本多氏:江戸時代中期まで交代で姫路城主を務める。
- 酒井氏:1749年に酒井忠恭が入城。その後、明治維新まで酒井氏が姫路を治める。
姫路城の文化財
- 国宝:大天守・小天守・渡櫓など8棟
- 国指定特別史跡:姫路城跡
- 重要文化財:櫓・門・土塀など74棟
- ユネスコ世界文化遺産:1993年登録
姫路城は、江戸時代初期の城郭建築が非常によい状態で残っていることでも貴重です。大天守だけでなく、小天守、櫓、門、土塀、石垣、堀などがまとまって残り、城全体の構造を見ることができます。
姫路城の歴史年表
- 1333年:赤松則村(円心)が護良親王の命を受けて挙兵し、京都へ向かう途中、姫山に砦を築く。
- 1346年:赤松貞範が姫山に本格的な城を築く。
- 1441年:嘉吉の乱で赤松氏が敗れ、山名持豊が姫路城を治める。
- 1467年:応仁の乱の中で赤松政則が姫路城を奪回。本丸・鶴見丸を築く。その後、小寺氏や重臣の黒田氏が城を預かる。
- 1580年:織田信長から中国地方攻略を命じられた羽柴秀吉に、黒田孝高が姫路城を提供。秀吉が城の改築を始める。
- 1581年:羽柴秀吉による三層の天守が完成する。
- 1585年:木下家定が姫路城主となり、約16年間治める。木下家定は豊臣秀吉の正室・高台院の兄。
- 1600年:関ヶ原の戦い後、池田輝政が姫路城主となる。
- 1601年:池田輝政が姫路城の大改築を始める。
- 1609年:池田輝政による大改築がほぼ完成。外観5重、内部6階・地下1階の大天守と3つの小天守を渡櫓で結ぶ連立式天守が築かれる。
- 1617年:池田光政が鳥取へ移り、本多忠政が姫路城主となる。三の丸、西の丸などを整備する。
- 1639年:松平忠明が姫路城主となる。
- 1649年:榊原忠次が姫路城主となる。その後も松平氏、本多氏、榊原氏などが城主を務める。
- 1749年:酒井忠恭が前橋から姫路へ移る。その後、明治維新まで酒井氏が姫路を治める。
- 1869年:酒井忠邦が版籍奉還を行い、姫路城が国有となる。
- 1931年:姫路城の天守群が国宝に指定される。
- 1951年:文化財保護法による新しい制度のもとで国宝に指定される。
- 1956年:大天守などを解体して修理する「昭和の大修理」が始まる。
- 1964年:昭和の大修理が完了する。
- 1993年:ユネスコ世界文化遺産に登録される。
- 2009年:大天守の保存修理工事「平成の修理」が始まる。
- 2015年:平成の修理を終え、姫路城がグランドオープンする。
なぜ姫路城は「白鷺城」と呼ばれる?
姫路城には、白鷺城(しらさぎじょう・はくろじょう)という有名な別名があります。
姫路城の大きな特徴は、白漆喰で塗られた白い城壁です。大天守と小天守が連なった白い城の姿が、白い鷺が羽を広げているように見えることから「白鷺城」と呼ばれるようになったといわれています。
姫路市でも、白い鷺が羽を広げたような優美な姿から「白鷺城」の愛称で親しまれていると紹介されています。
現在の姫路城を築いたのは池田輝政
姫路城そのものの歴史は1333年までさかのぼります。そのため「姫路城を最初に築いた人物」と「現在の姫路城を築いた人物」は同じではありません。
最初の砦を築いたとされるのは赤松則村、戦国時代に三層の天守を築いたのは羽柴秀吉です。そして、現在見ることのできる大天守を中心とした姫路城へ大改築したのが池田輝政でした。
さらに本多忠政の時代に西の丸などが整備されました。つまり姫路城は、一人の城主が一度に築いた城ではなく、約300年にわたって複数の城主が改築を重ねながら現在の姿へ近づいていった城なのです。